山本監督、豹変す?

アテネオリンピックアジア予選 vsレバノン

 

■本当の総力戦を強いられた山本ジャパン

 キックオフ1時間前に配布されたメンバー表を目にした時、私は軽いめまいに襲われ、そして心の中で叫んでいた。

「山本さん、あなたは前田と心中する気ですか!?」

 私は、前田遼一という選手のプレーを決して熟知しているわけではない。むしろ、必要最小限の情報しか持ち合わせていない。少なくとも、選手層が厚いジュビロ磐田でレギュラークラスとして活躍できるくらいなのだから、きっと将来性豊かなプレーヤーなのだろう。ゆえに私は、決して彼の能力に疑念を抱いているわけではない。

 しかし、このチームでの松井との併用ということでは、どうだろう。実のところ私には、2日前でのバーレーン戦でのネガティブなイメージが、この選手には強く感じられる。あの時は、2人のポジショニングが非常にまずく、結果としてお互いの持ち味を消し合うことになってしまった。加えて、ただでさえバーレーンがベッタリ引いていたため、バイタルエリアでの混雑ぶりは尋常でなく、日本のシュートコースは完全に封じられてしまった。

 ともあれ、今回のレバノン戦では、その二の舞になることだけは勘弁してほしい――それが、キックオフ直前の私の偽らざる気持ちであった。

 記者席に腰を落ち着けてから、あらためてメンバー表を眺めてみる。最終予選での初出場選手が2人、大久保と近藤の名がある。大久保は当然として、近藤はコンビネーションの面で大丈夫なのだろうか。近藤、阿部、茂庭というDFのラインナップは、まさにぶっつけ本番である。そして、国見の先輩と2トップを組む平山。昨日の練習では元気だったが、それでも体調不良が最も長引いたといわれるだけに心配である。

 思えば山本監督は、UAEラウンドでの3試合を通して、GKの黒河、そして青木と成岡を最後まで温存することができた。また、菊地は2試合で60分、坂田と前田は45分もプレーしていない。ところが日本ラウンドでは、第2戦を迎える時点で、すでに18人の選手を起用している。出番が与えられなかったのは、黒河と山瀬のみ。試合後、山本監督は「山瀬の起用も考えていた」と打ち明けていたから、まさに総力戦である。

 結局のところ、「コンディションのいい選手から、どんどん使っていく」という前日の山本監督のコメントに、偽りはなかった。そしてこの前田こそが、UAEラウンドから参加していた選手の中で、最も内科的なダメージが少なく、最もコンディションの良い状態にあったのである。

 

■チームを勝利に導いた3選手の貢献度

「とにかく早い時間帯での先制点が欲しかった」という、積極的な理由。そしてコンディション不良、あるいはカードを1枚もらっている選手(田中、徳永、鈴木)を極力使いたくなかったという、消極的な理由。そのせめぎ合いの中で導き出されたのが、この日の布陣であった。見ようによっては「奇策」とも思えるが、実のところは非常に切実で現実的な決断だったのである。そして、与えられたミッションはただひとつ。どんなに不恰好でもいいから、絶対に勝ち点3を確保する――それだけである。

 その結果は、すでにご存じの通りだ。

 今さらゲームについてくどくど述べる必要もあるまい。ここでは、特筆すべき3人の選手についてのみ言及しておきたい。

 まず一番に挙げておきたいのが、大久保の働きである。

もちろん、失点した直後の後半24分に挙げたゴールは実に感動的であった(彼が青いユニホームを着てゴールを挙げたのは、昨年5月のU−22ニュージーランド戦以来である)。だが私はむしろ、阿部のFKによる先制点のきっかけとなった、大胆なドリブル突破を評価したい。序盤から高い位置でプレスをかけ、アグレッシブなプレーで相手を追い込んでいくという山本監督の指示を、大久保は体を張って遂行した。

 そして14分、阿部のFKによる先制ゴールが生まれる。阿部のキックも素晴らしかったが、それ以上に、チームが目標としてきた「序盤20分以内での先制点」が、この最終予選で初めて実現した意義を私は評価したい。それもこれも、大久保の献身的かつ勤勉な(どちらも当人のイメージには似つかわしくないのだが)プレーに負うところが大きい。ちなみに、後半だけでチーム最多の5本のシュートを打ったのも、この大久保であった。

 前田のプレーについては、己が不明を認めた上で、心から拍手を送りたい。

 中盤の底の位置からボールをはたき、チャンスと見るや果敢にオーバーラップして攻撃参加。ある時はボランチ、またある時は3トップの一角となって、ピッチを精力的に走り回りながらパスやクロスを供給する。もっとも、その精度については、大久保のゴールのアシスト以外はあまり褒められたものではなかったし、1本もシュートを打てなかったことについても不満は残る。それでも松井や、後半に登場した田中とのポジショニングとうまく連動しながら、何度もチャンスを作ったことは十分に評価に値するといえよう。

 そしてもうひとり、今日のゲームに貢献した選手として、今野の名も挙げておきたい。

 たったひとりで中盤の底を支えながら、ディフェンスのカバーや前田のフォローに奔走し、守備面ではこれまで以上の気迫で「つぶし役」に徹していた。

 フィールド・プレーヤーでは唯一、最終予選をフル出場しているこの男については、疲れを知らぬスタミナぶりばかりがクローズアップされているが、この5試合で一度も警告を受けていないことについても、もっと評価されていい。彼のポジションと、そのプレースタイルを考えれば、これは実に驚異的なことだ。闘莉王の戦線離脱は確かに痛いが、私には今野の不在の方がもっと怖い。今や、このチームには絶対不可欠な存在である。

 

■内容的には不満の多いゲームではあったが

 さて、さながらジェットコースターのようなスリリングな今日のゲームについて、結果はともかく内容について不満をお持ちの方も、決して少なくないだろう。確かに、内容的には不満の多いゲームではあったが、特に問題視されるのが以下の3点ではないか。

1)後半22分の失点の元凶となった、近藤と阿部のコンビネーションミス

2)2点目以降の猛攻で追加点が奪えなかったこと

3)交代カードを1枚しか切らなかった山本監督の消極的なさい配

 どれも、もっともな意見であるし、修正すべき点である。

 だが私は、今日のレバノン戦に関しては、上記3点についてはいずれも「仕方がなかった」と考える。決して、盲目的に弁護するつもりはない。そうではなくて、これらの問題点は、いずれも妥当なもの、もしくは許容範囲である、と申し上げたいのである。

 まず1)について。あの即席ディフェンスラインで、レバノンの鋭いカウンターを失点ゼロでしのぎ切るのは、まず無理であろう。私自身、戦前から1失点は覚悟していた。できることなら、2点リードしてからの失点にしておきたかったが、それでも先制されるよりははるかにマシである。ともあれ、直後の大久保のゴールで引き離すことができたのは、日本にとっては本当に幸運であった。

 2)については、レバノンのGKサンティナと、守備陣の執念が勝っていたとしか言いようがない。運もなかった。それに前回のコラムでも触れたとおり、UAEラウンドでの4−0というスコアは、相手がフルメンバーをそろえた今回のケースではまったく参考にならない。むしろ最小得点差で勝ち点3を拾ったことを、純粋に評価すべきだろう。

3)については、私は山本監督が「臆していた」のではなく、「我慢していた」ととらえている。2−1のスコアになった時点で、さらに追加点を奪ってバーレーンとの得失点差を広げるべきか、それとも次のUAE戦に向けて選手の消耗を抑えるべきか……。悩んだ末の決断だったことは、その後の会見からもうかがえる。もっとも、田中ではなく山瀬を先に投入すれば、よりリスクは少ない上に、攻撃面でも効果的だったかもしれない。だが、それも結果論である。

 ともあれ私は、ここにきて山本監督が非常にリアリスティックになってきている点に注目している。それは、UAEラウンドでの合言葉であった「自分たちのサッカーを貫く」という言葉が、急に聞かれなくなったことからも明らかだ。現状においては、最低限のミッションを果たし、それを積み上げていくしか、アテネへの道は開かれない――そう、山本監督は強く自覚するようになったのではないか。

 本当に指揮官は豹変(ひょうへん)したのか? その答えは、最後のUAE戦で明らかになるだろう。

 

■日本に善戦したレバノンの自負と誇り

 最後に、今日対戦したレバノン代表についても触れておきたい。

 UAEラウンドから取材を続けている記者たちにとって、最も成長著しい存在として映ったのは、ほかならぬレバノンであったはずだ。

 確かに彼らは、グループの最下位に沈んでおり、勝ち点はわずかに1である。UAEラウンドでは3戦全敗。得点5、失点13という散々な戦績であった。ところが日本ラウンドに入ってからは、初戦でUAEとの遺恨試合を2−2で引き分け、0−4で大敗した日本にも、敗れたとはいえ最後まで相手を苦しめる健闘を見せた。

 日本の一番のライバルと思われていたUAEは、ここにきて失速。粘っこい守備と必殺カウンターで連勝を続けるバーレーンも、さほどの進化が見られない中で、最下位のレバノンだけが驚異的なパフォーマンスの向上を遂げている。

 そんな彼らに、私たちはずい分と救われている。もし、彼らが単なる「草刈り場」で、初戦のUAE戦に敗れていたら、アテネへの道はさらに混迷を極めていたことだろう。その意味で私たちは、最後まであきらめずに戦い続ける彼らに感謝しなければならない。

 一部では、最後のバーレーン戦で、レバノンが「アラブの同志を助けるために」わざと負けるのではないか、という憶測が流れている。だが私は、彼らは誇り高く、最後まで正々堂々戦ってくれるものと確信している。試合後の会見で、レバノンのハムード監督は、

「日本はバーレーンの勝利を心配しているかもしれませんが、われわれはバーレーンに勝てるように頑張ります」

 ときっぱり述べて、日本の記者から拍手されていた。その言葉を私も信じたい。

 監督はさらに、こんな耳の痛いコメントも残している。

「今日の結果については、とても満足しています。というのも、2年間も予選の準備をしてきた日本に対して、たった20日間の準備期間がなかった私たちが1点を入れることができたからです。それでもこれくらいのレベルに達することができました」

 ハムード監督が、日本の状況をここまで認識していたことに、私はまず驚かされた。そして私は、彼の心中についても想像してみた。おそらく監督は、そうした充実した強化が可能な日本のシステム、そして、それだけの準備期間が保証された日本の監督を、とてもうらやましく思っているのではないか。そして、そんな日本に一泡吹かせることが、もしかしたら彼らにとっての最大のモチベーションだったのではないか。いずれにせよ、経済とインフラの豊かさ、そして湯水のような平和によって支えられた日本のサッカー界は、レバノンの人々にしてみれば、さながら「天国のサッカー」のように映ったはずである。

「あの日本を最後まで苦しめた」という、ハムード監督のひそやかな自負と誇り――日本は、レバノンにバーレーン戦での勝利を期待する以前に、彼らのプライドを守るためにも、自力でアテネへの切符をもぎ取るべきであろう。

(文=宇都宮徹壱 氏)

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/athens/column/0316utsu_01.html

 

 

 

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