日本の「4人」はどう進化していくのか?

キリンチャレンジカップ2002 日本−ジャマイカ戦

 

■本来のポジションでプレーする喜びと責任

 試合前、稲本にわざわざ「どこのポジションがやりやすいか」聞いてみたというジーコ監督。記者会見でも、「小野は熱を出していた、俊輔はワールドカップのこともあって精神的に気持ちが入りすぎていた」と選手のことをかばい続けた。選手の欠点をあげつらうことが好きだった前任者に比べて、記者会見でも不快な思いをしないで済むのはうれしいことだ。当然、選手たちも自分の本来のポジションで気持ちよくプレーできたはずだ(ただし、「自分が本来やりたいポジションではなかった」という言い訳は通用しなくなる)。

 やっていても、見ていても楽しいサッカー。それは、とてもいいことだと思う。

 だが、それナ楽に勝てるのであれば、監督などという人物はいらないということになる。19世紀のサッカーのように、キャプテンが練習を仕切り、試合前のミーティングで選手たちが話し合ってポジションを決めて試合に臨めばいいということになる。

 ジーコ監督の試合前の指示もあって、日本は開始直後から積極的にプレスをかけ、高い位置でボールを奪って、積極的にポジションチェンジを繰り返して、華々しい攻撃を開始した。そして、わずか7分、中盤で相手ボールを奪い、小野、中田、高原とつないで、最後は右サイドから相手ペナルティー・エリア内に進出した小野が狙い澄まして、ゴール左端に蹴り込み、日本があっさりと得点を決めた。

 選手たちは「これは行ける」と確信したことだろう。その後も、小気味よいテンポでパスが回り、日本の追加点は時間の問題かと思われた。だが、こうしたハイテンポのプレーが90分間持続できるわけはない。しだいにテンポが落ちてくるのだが、日本の「黄金の4人」は激しくポジションチェンジを繰り返し、ダイレクトパスをつなごうとする。だが、相手のジャマイカも、次第に日本のリズムに慣れてきた。しかも、ジーコ監督がかばったように、ヨーロッパ組の選手たちは本調子ではなく、細かなミスも増えてくる。

 そういう展開になったのなら(しかも、すでに1点リードしているのである)、少しペースを落とし、あまりポジションチェンジせずに、ゆっくりボールをつないで、試合を落ち着かせるべきだった。

 だが、若い選手たちは、本来のポジションでプレーできることの喜びで浮かれていた。おまけに、相手のプレッシャーがそれほどきつくないので、同じようなリズムの攻撃的なプレーを続けてしまった。後方から声をかけるリーダーもいない。チームリーダーは、攻撃的MFの中田なのだ。

 

■真のチームバランスを求めて

 結局、追加点は奪えないまま最後の時間帯を迎え、ちょっとしたミスと不運が重なって、同点ゴールを許してしまう。

 問題点の第一は、チーム全体の中でMFがあまりにも突出していたこと。DFラインからは名良橋の攻撃参加はあったが、守備の局面でも最終ラインから中盤に指示が出ることはなく、またトップの2人は中盤からの好配球を待ち過ぎた。もっと積極的に動いて顔を出して、パスを要求すべきだったろう。MFとFW、DFとFWの連携という面では、アジア大会に参加したU−21の方がはるかに上だった。

 問題の第二は、その中盤のバランスがあまりにも攻撃的に過ぎたこと。2列目の中田英、中村を追い越して、稲本、小野が飛び出していく。攻撃としては素晴らしいのだが、後方できちっと相手の攻撃を受け止め、ボールを奪う選手がいない。体当たりを食らわせて相手ボールを奪う稲本の強さは健在だが、今の稲本は攻撃にバランスがかかり過ぎている。

 日本代表の中盤とよく比較される1982年のブラジル代表の「黄金の4人」。華麗なパスワークを見せたMF陣ではあるが、「4人」の中には相手のボールを奪う名人、トニーニョ・セレーゾ(現鹿島アントラーズ監督)が加わっていた。同じ時期にヨーロッパのサッカー界を席けんしたフランス代表の「4人」の中にも、相手ボールを絡め取る名人だったジャン・ティガナ(現フラム監督)がいた。

 日本の「4人」はどう進化していくのだろうか?

 今のまま、自由にプレーをさせ、多くの経験を積ませることによって自然に熟成するのを待つのか? 次第に細かい戦術的な指示を与え、局面によって動きに制約を与えることで落ち着きを取り戻させるのか? それとも、守備的な選手(たとえば、中田浩二や戸田和幸)を加えることでバランスを変えていくのか?

 11月にはアルゼンチン戦が予定されている。アルゼンチンを相手に、ジャマイカ戦のようなバランスの悪い戦いをしたら、木っ端みじんに粉砕されてしまう。相手がアルゼンチンなら、選手たちももう少しバランスを考えてプレーするのかもしれない。それとも、宿敵アルゼンチンとの勝負にこだわるジーコ監督が、何らかの形で試合のやり方を変えるのか?

 顔見世興行は終わった。あり得るべきバランスを求めて、2006年までの長い長い道のりがアルゼンチン戦から始まるのだ。

 

 

後藤健生 Takeo GOTO 

1952年東京生まれ。慶應義塾大学法学部大学院修了。専攻は国際関係論。64年の東京五輪で初めてサッカーを観戦(ハンガリー対モロッコ)して虜(とりこ)になり、西独大会(74年)以降、前回フランス大会(98年)までW杯は欠かさず現地で取材。中学校のサッカー部でプレーし、JSLは2年めの66年から観戦。最初の国際試合は日本対スターリングアルビオン(スコットランド)戦。これまでに世界52カ国を訪問した。旺盛な取材力と鋭い分析に定評がある。著書は『サッカーの世紀』、『ワールドカップの世紀』、『世界サッカー紀行2002』(文藝春秋)、『ヨーロッパ・サッカーの源流へ』、『トゥルシエとその時代』(双葉社)など多数。

 

sportsnavi.yahoo.co.jp 2002.10.16>

 

 

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