コンパクトなサッカーの弊害――スペインと日本の将来

■コンパクトなサッカーとは何か

 コンパクトなサッカーが大流行だ。

 スペインリーグでは、今季絶好調のオサスナを始め、ほとんどのチームがこのプレースタイルを大なり小なり取り入れている。コンパクトなサッカーの影響が見られないのは、レアル・マドリーとバルセロナくらいだ。

 レアル・マドリーと並びスペインリーグを引っ張るバレンシア、デポルティボ・ラコルーニャは、このコンパクトなサッカーの完成の域にまで高めていると言っていい。ベニテス監督とイルレタ監督は私の最も尊敬する監督だ。どこかの、タレントの個人技任せ、選手に自由にやらせることに腐心する監督よりも、はるかにやりがいのある仕事をこなしていると考えるからだ。

 ここでコンパクトなサッカーをかいつまんで紹介しておく。

 まず守備では、

(1)最終ラインはフラットなラインディフェンス(オフサイドラインを作る)

(2)オフサイドラインを上げ、スペースを狭める(“コンパクト”の呼び名はここから来た)

(3)狭いスペースで、ボールとパスの受け手に強いプレッシャーをかける

(4)高い位置でのインターセプトを目指す

 というのが主な特徴。攻撃では、インターセプトからの速いカウンターが基本。高めでボールを奪い、少ないタッチ数で素早くシュートまで持っていく。

 要は、「オフサイドラインを高くし、スペースを狭めプレッシャーを強め、ボールを奪ったら速攻に転じる」というのが、攻守のシナリオだ。

 

■コンパクトなサッカーは必ずしもボールポゼッションを目指さない

 あまりに簡略過ぎる説明でピンと来ない人は、前日本代表監督のトルシエのサッカーを想像してほしい。最終ラインの数(3人だの4人だの5人だの)ばかりが取りざたされたが、「コンパクトスペースでの守備と攻撃」という点は不動だった。もちろん、最終ラインの数、ラインの高さ、オフサイド・ラインへのこだわりの強さ(オフサイドラインを崩すタイミング)、攻撃パターンの多彩さなどで、同じコンパクトなサッカーでもバリエーションがあり、完成度が違う。

 バレンシアとデポルティボのサッカーが完成の域に達している、と言った理由は、ボールポゼッションサッカーであることだ。

 ブラジル代表やレアル・マドリーやがボールポゼッションサッカーの代名詞のように言われ、コンパクトなサッカーがその対極にあるかのように言われるが、バレンシアとデポルティボのサッカーを見ていると、それが早合点であることが分かる。9月末にレアル・マドリーがバレンシアの前に手も足も出なかったのも、ボール支配率で圧倒的に下回ったからだ。

 コンパクトなサッカーは“必ずしも”ボールポゼッションを目指さない。

 それは個人技で上回る相手――ボールを支配する相手――を、劣ったチームが戦略・戦術的に破るために生まれたサッカーである、という誕生のプロセスを経ているからだ。が、個人の動きのパターン、2、3人の小グループでの動きのパターン、11人の動きのパターンをたたき込み、オートマティズムを徹底させることで、ボールを支配しかつコンパクトなサッカーが実現可能であることを、バレンシアとデポルティボは証明してくれた。

 だからこそ、ベニテスとイルレタの両監督を私は尊敬するのだが、自分のチーム(10歳の少年サッカー)で、コンパクトなサッカーをやろうとは、まったく思わない。

 

■若い世代にコンパクトサッカーがもたらす弊害

 私は、以前、この連載(『“フットボール・アレグレ、楽しいサッカー”とは何か?』)で、“ボールポゼッションサッカーで、全員で攻撃と守備をする戦略・戦術的に鍛えられたチーム作りを目指している”と書き、その例としてバレンシアとデポルティボのサッカーを挙げた。が、ベニテスとイルレタには申し訳ないが、彼らの教えを一つだけ守っていない。

 私のチームはコンパクトではないのだ。

 オフサイドラインを高めに設定したりしていない。10歳の小学生にオフサイドトラップが高度過ぎるからではない。たとえ中学3年生のチームでも、コンパクトスペースを作ることは強制しないだろう。

 なぜか? 中学生までの技術でコンパクトなサッカーをやろうとすれば、しばしば単調な放り込みサッカーになってしまうからだ。

 プレッシャーの強い中盤でパスが3つ以上続かない。トラップミスが相次ぎ、接触プレーの応しゅう、ファウルの多発、インターセプトの連続。ボールキープができないから、パスを回すのを恐れる。となると、攻撃はロングボールを相手デフェンスラインの背後に送り込むことに終始する。ボールを持ったとたん、ボーンと真っすぐ蹴り込む。そして、ボールを失うのが怖いから焦って蹴ったボールのほとんどが、オフサイドトラップに引っ掛かりオフサイド……。

 これが、育成を目的とするサッカーの試合としていかに恐ろしい光景か。少年サッカーの指導者なら分かってもらえると思う。

 ボールタッチが多ければ多いほど、個人技は向上すると私は思っているが、放り込みサッカーでタッチ数が増えるわけがない。やみくもに出したパスでコンビネーションプレーが向上するわけがない。個人技もインテリジェンスも育たない。唯一、メリットがあるとすれば、走り回るから体力がつくぐらいだろうか。

 

■アスレチック・ビルバオに喰らったカルチャーショック

 私がスペインで監督を始めて6シーズン目だが、幸い少年サッカーでこういうプレーをするチームに出会ったことはない。

 ゆったりボールを持ち、必ずサイドへ展開する、サイドからのセンタリングをシュートする――という攻撃のパターンをほとんどのクラブが守っている。守備では、“プレッシャーをかけないで相手にも展開させる”という暗黙の了解があるようにすら感じる。

 スペインにサッカー留学した日本人が、“ボールを持つと必ず「開け!」と指示されるので驚いた。日本ではそんなことを言われたことがない”という意味のことをコメントしているのを読んだことがある。「開け!」とは、“サイドへ展開しろ!”の意味だ。

 私が、今まで対戦したチームの中で、際立って違うスタイルのサッカーをするチームがあった。それがアスレチック・ビルバオの育成組織ミニ・レサマのチームだった(ミニ・レサマの育成システムについては機会をあらためて紹介する)。

 何試合かの親善試合を見ていて、同僚の監督ともども驚いたのは、そのスタイルが1部リーグのビルバオと大変よく似た、ボールタッチの少ない速いサッカーだったことだ。 例えば、こういうプレーが繰り返された。

 ボールを奪ったとたんフォワードがタッチライン際のスペースへ走り込み、そこへロングボールを送る。あるいは、フォワードの間でのダイレクトパス(いわゆる“くさび”)のやり取りから、ディフェンスラインを突破する。いずれも3、4タッチでシュートまで持ち込む。私のチームなら、無理をせずサイドや後ろに展開するところだ。

 私のチームは60%くらいの割合でボールを支配し、センタリングの数も多かったが、センターラインの堅いデフェンスに阻まれシュートに持ち込めず、疲れた後半に必殺の速攻を喰らい0−3で負けてしまった。攻撃が単調過ぎやしないか、という疑問は残ったが、勝てるサッカーであることは間違いなく、カルチャーショックを受けた。

 もちろん、そのチームのサッカーはダイレクトではあったが、オフサイドラインを高く保ったりせず、コンパクトなサッカーなどではなかった。

 ところで、先ほどの少年サッカーの恐ろしい光景は、実は日本で見た。

 グラウンド全体の半分ほどのスペースに、キーパーを除く20人が入り込み、土煙を上げてボール奪い合う。体と体のぶつかり合い、スタミナ対スタミナの消耗戦……。こういうサッカーが日本で一般的なのかどうかは分からない。Jリーグの試合を見る限り、コンパクトサッカーがプロで流行しているのは、スペインと同じようだ。万が一、少年サッカーでもそうだとしたら……。私はかなり日本の将来が心配だ。

 

木村浩嗣/Hirotsugu KIMURA

スペイン・サラマンカ在住。98年、99年とスペイン・サッカー連盟のコーチライセンスを2年連続で取得。レアル・マドリーやバルセロナのベンチ入りもできるセミプロまでの資格を得る。現在は、地元のサッカー学校「ナベガ」で少年チームを指導中。スペイン・サッカー連盟カスティージャ・レオン州監督委員会員  

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/spain/column/200311/1111kimu_01.html   03/11/11

 

 

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