アルゼンチンから見た新生・日本代表

■実は関心が薄かった? アルゼンチンでの「対日本戦」

 ワールドカップで歴史に残る大失態を演じたビエルサ監督率いるアルゼンチン代表。彼らはその再出発として、日本との親善試合に挑んだ。あの時と、ほとんど同じメンバー。同じ監督。同じスタッフB同じ戦術。そして、同じ舞台―――。独特な日本のスタジアムの雰囲気は、ビエルサ監督と選手たち、そしてアルゼンチンのサッカーファンに、5カ月前のショックをよみがえらせた。

 失意の日韓大会から5カ月が過ぎたが、アルゼンチンの人々の心には、グループリーグで敗退した瞬間の何とも言えない感触がまだ残っている。

 イングランドに敗れた無念さ。スウェーデンと引き分け、敗退が決まった衝撃。それらはやがて「全国民の夢をぶっつぶした無能な者どもへの怒り」と化す。今回の日本戦に対するアルゼンチン人の関心の薄さも、それを証明していると言えよう。

 試合は現地時間の午前7時からスタートしたが、今回はワールドカップの時と違い、家にこもってテレビにかじり付いていた人は少なかった。ベロン、クレスポ、サネッティといった錚々(そうそう)たるメンバーが参加しての、久々の代表戦だというのに、ほとんどの国民は試合を無視して、さっさと仕事に出掛けていったのである。

 

■代表戦よりも国内リーグに目が離せない

 新聞のスポーツ欄は、日本との試合のことよりも、日曜日に行なわれるリーグ戦の話題で占められていた。優勝争いが終盤までもつれ込んだ最高の展開に、メディアもファンも目が離せない。嫌な思い出を作ってくれたヨーロッパ在住のスター選手たちのことよりも、ずっと親しみが感じられる身近なサッカーを見ていた方が楽しい。

「代表チーム?  しばらくは何も見たくないし、聞きたくもない」

 それが、アルゼンチンの人々の率直な感情なのだ。実際、8月末にビエルサの監督続投が正式に決まった後、A代表に何の動きも見られなかったことについて、疑問の声を投げかけた者はいなかった。

 大会後のビエルサは、サンタフェ州ロサリオ市郊外にある別荘にこもって、ラウラ夫人、愛娘・イネスと一緒に、だれにもじゃまされない静かな日々を過ごしていた。親しい友人たちからの電話にさえ出なかったことから、AFA(アルゼンチン・サッカー協会)の役員は、契約更新のオファーをするために、わざわざビエルサの別荘にまで出向かなければならなかった。

 

■秘密裏に選手選考を進めたビエルサ

 契約内容を吟味・交渉した上で続投の決心を固めると、ビエルサはたった1度だけの記者会見を開き(問い詰めたいことが山ほどある記者たちが集結した会見は、結局4時間近くにまで及んだ)、それからまたしても姿をくらました。日本との試合の前に「最低でも2試合のテストマッチを行いたい」という監督の要望は実現されず、結局ビエルサはアシスタントのクラウディオ・ビーバスとともに、10月半ばまで国内でプレーする選手の視察に専念していたのだった。

 その後ビエルサは、フランス、イタリア、スペインを回って、おなじみのメンバーのほかに、サビオラやリケルメ、キローガといったワールドカップ不参加組のコンディションもチェック。日本戦の2週間前に召集メンバーのリストを発表するまで、ビエルサは過去4年間とまったく同じように、何もかも極秘にしたまま活動を進めたのである。

 しかし、そんなビエルサの秘密主義に抗(あらが)ってまで、何とか代表チームの最新情報を入手したいと思う者はいなかった。それほどアルゼンチン国民は、傷つき、怒り、失望していたのだ。

 

■日本代表は「油断ならない相手」?

 今から4年前ならば、アルゼンチンの人々は対戦相手となった日本をあざ笑うこともできただろう。「ハポネス(日本人)にサッカーの何が分かる?」といった侮辱的な言葉も、以前はよく聞かれたものだ。しかし今世紀最初のワールドカップで、日本はアルゼンチンよりも好成績を残している。ビエルサの再挑戦を厳しい目で見守るアルゼンチンのメディアは、そうした事実を認めた上で、今回対戦した日本を「著しく成長の軌跡がうかがえる」と評価した。

 試合の中継を担当したテレビ・アナウンサーのワルテル・ネルソンは、

(日本は)アルゼンチンの攻撃を防ぐために何をすべきか熟知している」

 と語っていた。また、解説者のアレハンドロ・ファブリも

「ベロンの動きを制圧することで、アルゼンチンの突破口を簡単に止めている。われわれのサッカーは、またしても完全に(相手に)見抜かれているのだ」

 と、いつまでも同じ戦術に執着するビエルサへの不満をあらわにしていた。

 一方、有力紙『ラ・ナシオン』は、両チームのストライカーを数字で比較。高原とクレスポの写真を並べて、この試合における両選手の正確なパスの数やシュート数を比べていた。このような比較記事は、通常、アルゼンチンと互角の勝負ができる相手でなければ、紙面に掲載されることはない。それだけ現地のメディアは、日本代表を「油断ならない相手」と評価していたのだ。

 あるニュース番組が、「今朝の試合を観たか?」というアンケートを街頭で行っていた。回答者の1人は「前半まで見ていたよ」と言った後、真剣な表情でこう話した。

「日本があまりにもいいプレーをしていたから、タカ(高原)に得点を決めてもらいたいと思った。嫌いなビエルサに勝利をくれてやるよりも、最愛のボカでプレーしていたタカを応援したかったのさ」

 ビエルサ監督とそのチームが、国民の信頼を取り戻すのは容易なことではない。しかし、一つ一つの試合で結果を残していくしか、ほかに方法がないのも事実だ。

<了>

 

チヅル・デ・ガルシア Chizuru de Garcia  1968年、北海道札幌市生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒業。幼いころから海外に興味を持ち、6歳から洋画・洋楽・海外スポーツイベントの世界にどっぷりと漬かる。78年に見たFIFAワールドカップTMでアルゼンチンに対するあこがれを抱くようになり、89年、大学卒業とともに単独でアルゼンチンへ渡り、そのまま定住。当時から『サッカーダイジェスト』に南米サッカーのこぼれ話を連載し、そのコラムは今でも続いている。アルゼンチンをはじめとする南米サッカーの情報を中心に、現在は『サッカーダイジェスト』のほかに、『sports Yeah!』や『Sports Graphic Number』などに寄稿。夫ハビエル・ガルシア・マルティーノはウルグアイ人カメラマン。サッカーには全く興味のない2人の娘を持つ。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/column/200211/1121chiz_01.html   02/11/21

 

 

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