「3年8カ月」へのアンチテーゼ

■望外の収穫があったカンファレンス

 1月11日から13日まで、パシフィコ横浜で開催された第3回フットボール・カンファレンス・ジャパン(以下、カンファレンス)に参加してきた。

 日本サッカー協会(以下AJFA)主催による指導者向上のカンファレンス。2年前の第2回カンファレンスが、学園都市・つくばで行われたことからも、それがピッチの内側のさまざまな事象について学術的に語られる場であることは、容易に想像がついた。

 私は、戦術論とか、育成システムとか、チーム作りといったロジカルな分野に、どうにも苦手意識があったのだが、結論から言えばそれは杞憂(きゆう)であった。

 今回のカンファレンスでは、JFA技術委員長の田嶋幸三氏をホスト役として、国内外から多士済済の講師を招き、それぞれの講演では実に明りょうかつ示唆に富んだレクチャーがなされていた。今回は「ポスト・ワールドカップ」ということで、2002年大会の総括がメーンだったことも、私にとっては幸いだった。

 とはいえ、今大会の戦術面でのトレンドが、私のような「戦術おんち」にも分かりやすくプレゼンテーションされ、それまで断片的なものでしかなかった大会の記憶がきちんと頭の中で整理できたことについては、まさに望外の収穫であったといえる。その意味で、壇上に立った講師の皆さんと、カンファレンスを主催したJFAには、あらためて感謝したい。

 

■ジーコの言葉は「神の言葉」か?

 さて、カンファレンスが終了してから、はや1週間が過ぎた。

 すでに専門誌やスポーツ・サイトなどで、このカンファレンスの模様が報じられており、私も一通りそれらに目を通したのだが、どうにも腑(ふ)に落ちないことがあった。それは「なぜ、ジーコの講演ばかりがフィーチャーされているのか」という素朴な疑問に端を発する。

 報道する側の観点からすれば、代表監督であるジーコの言葉は「神の言葉」、片言隻語さえもニュースになる(らしい)。だが、不遜(ふそん)を承知で言えば、私にとっての「神の言葉」は、あまり興味深いものにも、耳新しいものにも、ありがたいものにも感じられなかった。そればかりか「?」と思えてしまう言説も少なくなかったし、むしろ他の講師によるレクチャーの方が、サッカーファンにとってより有益な情報が含まれていたように思えてならなかった。しかし私が知る限り、メディアはジーコの講演内容を好意的に取り上げるものの、なぜか他のレクチャーについて言及することはなかった。

 もちろん、私たちがジーコ監督に求めるのは、「有意義な講演をすること」ではなく、あくまで「代表を強くすること」である。だれも彼に、トルシエのようなスリリングな記者会見など望んではいない。要は、日本代表が着実な結果を残し、次回のワールドカップでさらなる飛躍を遂げてくれれば、それで万事がOKなのである。

 しかし、それでも私は、やはり腑に落ちない。メディアが報じる「ジーコの講演」と、カンファレンスを通して感じた「ジーコの講演」に対する私の印象との間に、何かしら乖離(かいり)があるように思えてならないのだ。

 そこで今回のレポートでは、カンファレンス全体のレクチャーの中から、特に印象的なものをピックアップしながら、あらためてジーコの講演内容について検証してみることにしたい。

 

■注目すべきは2日目の「ワールドサッカー検証」

 川淵三郎キャプテン、そしてピーター・ベラパンAFC(アジアサッカー連盟)事務総長の開会あいさつでスタートしたカンファレンスは、3日間にわたって行われ、会場となったパシフィコ横浜メーンホールは、講演者の言葉にうなずきながらノートにペンを走らせる800人もの参加者のひそやかな熱気で包まれていた。

 およそ14時間におよぶカンファレンスの中で、私が特に注目したのが、2日目に行われた「ワールドサッカー検証」。FIFA(国際サッカー連盟)、UEFA(欧州サッカー連盟)、AFC、そしてJFAのテクニカルダイレクターやテクニカルスタディグループの面々が、2002年ワールドカップで行われた全64試合を検証しながら、今大会におけるワールドサッカーのトレンドについて詳細な分析を行なっている。

 この日、演壇に立ったのは以下の4氏。いずれもそうそうたる顔ぶれである。

ジョセフ・ベングロシュ(FIFAテクニカルスタディグループ)

アンディ・ロクスブルク(UEFAテクニカルダイレクター)

リム・キム・チョン(AFCテクニカルダイレクター)

山口隆文(JFAテクニカルスタディグループ)

 それぞれの講演はとても意義深いものであったが、一方で内容が重複する部分もあったので、以下、彼らのレクチャーの内容をベースに、私なりに2002年大会のトレンドをまとめてみることにしよう。

 

■2002年大会におけるサッカーのトレンドとは

1)コンパクトなスペースでの攻防

 現代サッカーの大前提。これまでコンパクトといえば、主に縦方向を指していたが、2000年以降はこれに横方向も加わり、20人のフィールド選手はほとんどの時間帯、およそ50メートル四方のスクエアの中でボールを奪い合うことになる(ちなみに田嶋氏は「コンパクトネス」という言葉を使っていた)。

2)スピーディーな展開の中でのクオリティーの向上

 コンパクトネスの状況下では、フリーでボールをもらったり、ゆっくりボールを保持したりするスペースは、基本的にはあり得ない。したがって、瞬時にスペースを作ったり埋めたりするスピーディーなせめぎ合いの中で、選手個々、そして組織としての高いクオリティー――プレーの質はもちろん、クリエーティビティー、そして判断力が求められる。逆に一瞬のミスは、そのまま致命傷にもつながりかねない。

3)攻守の切り替え

 相手がボールを保持している時、ディフェンスに回った側は「組織化された守備」で相手の攻撃をコントロールし、「ここぞ」という場面でボールを奪う。すでに、守備の段階から攻撃の準備がなされているので、ボールを奪ってからすぐさま攻撃に転じることができる。

4)カウンター攻撃とダイレクトプレーの効力

 今大会では、カウンターによる得点が全体のおよそ25パーセントを占めたとされる。このうちの6割近くが、インターセプトしてから10秒以内のゴールであった(逆に10秒の壁を越えると、とたんにゴールの確率は低くなる)。

 いかに手数をかけずにゴールを目指すか、というダイレクトプレーの意識。それは、今大会ではGKにも徹底されており、準決勝・トルコ対セネガルでのイルハンのゴールデンゴールも、GKルストゥが起点となっていた。

5)先制点の重要性

 今大会では、先制点を挙げたチームの6割が、そのまま勝利している。逆に、先制されたチームには、強いリバウンド・メンタリティーが要求される。

 

■世界のトレンドを意識していたトルシエのサッカー

 こうしてみると、トルシエ前監督が目指したサッカーが世界のトレンドをかなり意識したものであったことが、あらためて理解できよう。「コミュニケーション」「ウェーブ」「オートマティズム」そして「3メートルコンセプト」。これらのキーワードでトルシエのサッカーを考えた時、その方向性は決して間違ったものではなかった。いや、むしろ非常に理にかなったものであった、と言ってもよいのではないか。

 ここで、順序は逆になるが、話をカンファレンス初日に戻す。この日の講演内容は、田嶋氏による「2002FIFA World Cup 日本の準備と戦いについて」、そしてジーコ監督の「日本代表チーム〜2006年に向けて〜」であった。

 トルシエのサッカーについて論じた田嶋氏は(当初、トルシエ自身が語る予定だったのだが)、「コンパクトネスこそが世界と戦うための生命線」であるとして、2年前のコンフェデレーションズカップで日本とフランスがファイナリストとなったのも「コンパクトネスを志向していたから」であると分析。トルシエを中心とした3年8カ月のち密な計画と準備に一定の評価を示した(その一方で「長年にわたる日本サッカーの努力の結実」――すなわちトレセンの成果を強調することも忘れなかった)。

 田嶋氏の講演は、明快かつ理路整然としており、トルシエのメソッドについての客観的な分析という意味では、実に好感の持てるものであった。もし、トルシエ本人がレクチャーしていたら(そして通訳があのダバディ氏であったら)、聴講者や取材者の興味はおそらく別の部分に傾いていたのではなかったか。講演の冒頭では、トルシエのビデオ・メッセージが流されていたが、彼もまた日本サッカーの歴史の彼方に足を踏み込んでしまったのだと、妙に納得してしまったことを付け加えておく。

 

■理念に終始したジーコの講演

 さて、カンファレンス初日のメーン・イベント。いよいよ「神の降臨」である。

 会場内にクィーンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」が流れ、スクリーンにジーコの軌跡を描いたビデオが映し出される。ブラジル代表時代、鹿島アントラーズ時代、ブラジル代表テクニカルコーディネーター時代、そして日本代表監督時代。どんどんオーラがかすんでいくように感じてしまうのは、気のせいだろうか。無論、神を冒涜(ぼうとく)するつもりは微塵(みじん)もない。要は、それだけジーコが私たちの身近な存在になった、ということなのだろう――などと無理やり納得してしまう自分がいる。

 ジーコの講演は、いわば2003年を迎えての所信表明、といったところであった。詳細はこちらをご覧いただくとして、その要旨は以下の6つである。

1)アウエーゲームによる強化とJFA(そしてAFC)の迅速なスケジューリング

2)海外でプレーする選手たちの評価とその必要性

3)4バックの優位性とフラットなDFラインの否定

4)個の重要性と選手本来のポジションでプレーさせることのアドバンテージ

5)メンタル面と集中力の欠如の是正

6)帰化選手の貢献度と登用

 これらを踏まえた上で、「責任をもって任務を遂行する」と結んでいる。

 いかがであろうか。6)の帰化選手についての言及以外は、さほど新鮮味が感じられないのは私だけはないと思う。

 加えて、世界的なサッカーのトレンドについて言及したのは、3)の4バックに関する言及のみ。確かに、ジーコが具体的に挙げたレアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッド(そしてなぜか鹿島アントラーズ)は4バックであったが、果たしてシステムの変更だけで世界との差は縮まるものなのだろうか。

 ちなみに翌日のロクスブルク氏の講演によれば、2002年大会の出場チームの内、4バックを採用していたのは全体の6割。しかし、ベスト4に残ったチームの中でこのシステムを採用していたのは、トルコだけであった(もっともジーコに言わせれば「ベルギー戦以降のブラジルは4バックだった」らしい)。

 

■ジーコの講演に感じた疑問点

 結局のところ1時間半におよぶ「神託」は、理念に終始した内容であった。具体的かつ説得力のある戦術や戦略が語られることはあまりなかった。

 むしろ、Jクラブの大半が3バックを採用している現状にもかかわらず、そして「システムよりも個々の才能」と言明しながらも4バックへの執着をあらわにしたり(システムへのこだわりは、ある意味でトルシエ以上だ)、ことあるごとに代表には「時間がない」ことを強調してみたり(4年のスパンで考えても、やはり「時間がない」のだろうか)と、思わずこちらが首をかしげてしまうような言説が気になった。

 ついでに言えば、帰化選手の登用についても、「左サイドバックに人材がいないなら帰化選手で」という思惑が見え隠れしているように感じられ、それはジーコ本人にも決してプラスにはならないだろうと、かえって案じてしまったくらいである。

 もっとも、トルシエのサッカーにしても、今大会におけるトレンドにしても、いずれも過去の事象についての分析・評価であった。これから本格的にチームを始動させるジーコに、そういった明快さを求めるのはお門違いなのかもしれない。

 加えて今回のカンファレンスでは、韓国、中国、サウジアラビアをはじめ、アジアの15の国と地域の協会関係者が招かれていた。好意的に解釈すれば、そうしたライバルたちに、日本の手の内を見せることを避けたのかもしれない。

 

■トルシエのコンセプトは「悪しき旧弊」?

 それにしても今回のカンファレンスでは、トルシエが「健康上の理由」で参加できなかったのが、何ともに残念であった。個人的には、トルシエとジーコのツーショットがどうしても見たかったのだが、どうやらその機会は永遠に訪れることはなさそうだ。

 今回のカンファレンス、とりわけジーコの講演で明らかになったのは、トルシエが3年8カ月かけて築き上げたものへのアンチテーゼであった――少なくとも私は、そう確信した。トルシエのコンセプト、戦術、システム、指導方法といったものは、ジーコにしてみれば「悪しき旧弊」に映るのであろうか。4バックありきのシステム、フラットなDFラインの否定、個の重視、そして「選手には通常とは異なるポジションでプレーさせない」という発言。いずれも、トルシエ(ジーコは、講演の中でほとんど前任者の名を口にすることはなかった)のコンセプトとは対極をなすものである。

 念のために申し上げれば、私はトルシエのすべてを肯定するつもりはないし、ジーコが独自のカラーで代表を強化できたのならば、賞賛を惜しまないつもりだ。

 しかし、それでも私は、前任者の仕事の功罪をきちんと踏まえた上で、3年8カ月のプロジェクトを次の目標にどうつなげてゆくかという具体的なビジョンを、現監督に提示してほしかった。そしてできることなら、先の日本代表が果たした功績を、ただ「過去のもの」と切り捨てるのではなく、多少のリスペクトは示してほしかったのである。

 

■トルシエからジーコに引き継がれた「遺産」

 トルシエが今回のワールドカップで残したベスト16という結果については、そのキャラクターやトルコ戦での不可解なさい配も相まって、今なお毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばしている。しかし、少なくとも今回の日本代表が残した結果は、次回のドイツ大会にひとつのアドバンテージを残している。

 カンファレンス最終日の閉会のあいさつで、JFA副会長の小倉純二氏は、昨年12月の各大陸の出場枠を決めるFIFAの理事会の模様について言及している。興味深かったのは、今大会における日本のランキングが「9位」で、韓国の4位と合わせてFIFAに大いに評価されたことである。結果的に、それが「4.5」というアジア枠拡大につながった。

 大会9位――日本は本当に、ベスト8まであと一歩であった。とはいえ、日本が韓国と共に、アジアの出場枠拡大に貢献した事実を、私たちはもっと誇りに思ってよいのではないだろうか。

 今大会の結果は、もちろんトルシエ一人に帰するものではない。23人の代表選手と、チームをサポートしたスタッフ、スタジアムに詰め掛けたサポーター、そして田嶋氏が言うところの「長年にわたる日本サッカーの努力の結実」も大きかった。とはいえ、やはりトルシエが果たした貢献についても、決して過小評価すべきではないと私は考える。

 よほどの不測の事態でもない限り、ジーコが率いる日本代表は、2006年大会のアジア予選を突破することだろう。「4.5」という出場枠は、フランス大会の予選に比べれば、かなり楽なハードルである。ジーコ・ジャパンは、それを軽々と飛び越えるはずだ。

 トルシエからジーコへ――この極めて対照的なふたりの指導者の間で、唯一引き継がれた「遺産」があったとすれば、おそらくそれはアジア出場枠「4.5」のアドバンテージであろう。

<了>

 

 

宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya

1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書、『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)。近著に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/column/200301/0120utsu_01.html  03/1/20

 

 

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